ヤクルトの中尾輝氏、成功への道のりと育成塾の運営を語る
野球少年がプロ野球選手になるまでの道は、さまざまな形がある中には早期からエリートとして活躍する選手もいる一方、高校や大学、さらには社会人を経て驚くべき成長を見せる選手もいる
ヤクルトの中継ぎ投手として活躍した中尾輝氏は、まさに後者の例である
中尾氏は2016年のドラフトでヤクルトから4位で指名された
2年目の2018年には54試合に登板し、中継ぎ投手としてチームの中心選手として活躍したが、2021年に現役引退を決意
その間、最速151キロを記録し、退団後も硬式球で150キロ、軟式球では152キロを投げる力を持つが、驚くべきことに中学時代の最速はわずか105キロだった
中尾は「プロ野球選手になれるとは到底思わなかった」と語る
彼がどのようにプロ入りを果たしたのか、現在は地元愛知で投手専門の野球塾『UNLIMITED』を運営しながら、軟式の強豪・和合病院に所属している中尾氏に話を聞いた
高校時代はチームで一番遅くてもコントロールの良さが光る
プロ選手として目立つためには実力に加えて運が必要だと中尾は強調する津島ボーイズ時代、中尾は4番手投手で、試合ではほとんど登板しなかった
球速は105キロとチームで一番遅く、「プロ野球選手になるなんて現実味がなかった」と振り返る
進学した高校・杜若高でも、指導者に勧められた結果入学したのだ
同学年にいる投手約8人の中で最も球速が遅かった中尾だが、コントロールには絶対的な自信があった
そのため、試合で使ってもらえる機会が増え、多くの貴重な経験を積むことができた
「遅くてもコントロールが良いなら試合に使ってもらえる環境がありがたかった」と語る中尾は、仲間たちとの競争の中で成長を実感しつつ、最終的には130キロまで球速を上げることに成功した
高校在学中、愛知大会ではベスト16に進出し、彼の成長を示す成績となった
中尾は「試合に使われたことで成長した」と強調し、実践が選手を育てる重要性を訴えた
中尾輝氏のプロ入りの背景には、本人の努力と環境の整備が大きく影響している。特に高校時代にコントロールの良さを評価され、試合に多く出場する機会を得られたことが成長につながった。彼の経験は、若い野球選手にとって重要なメッセージと言えるだろう。
キーワード解説
- 中継ぎ:試合の途中で投手が交代し、登板する役割を持つ投手のこと。先発投手が試合を投げた後、続けて登板し、試合を締めくくる役割をします。
- ドラフト:プロスポーツにおいて、各チームが選ぶ選手を決定する制度。選手は希望する球団に入団するためのシステムです。
- コントロール:投手が投げたボールがどれだけ正確に狙った場所に行くかを示す指標。コントロールが良い投手は、安定したパフォーマンスを発揮しやすいです。

