実際の試合や選手との触れ合いについて、徳光和夫氏との対談形式で振り返ります
ロス五輪で金メダル獲得
広澤氏は大学4年生のとき、日本代表の一員として1984年のロス五輪に出場しましたこの大会では、プロ選手が参加できなかったため、社会人や大学選手が中心となって試合が行われました
野球は公開競技としてドジャースタジアムで開催され、広澤氏は4番打者としての重要な役割を果たしました
決勝戦では、強豪アメリカを相手に特大の3ランホームランを放ち、チームの金メダル獲得に大きく貢献しました
この試合は、広澤氏にとってもかけがえのない思い出であり、オリンピックの雰囲気や他国の選手のレベルの高さを実感した瞬間でもありました
徳光氏:「大学時代の一番の思い出は、やっぱりオリンピックですか?」広澤氏:「そうですね
特に、アメリカとの試合は印象に残っています
」広澤氏によると、アメリカにはドラフト1巡目の選手たちが多く、彼らとの対戦は非常に刺激的だったといいます
また、試合の合間には、長嶋茂雄氏との偶然の出会いもあり、広澤氏にとって特別な記憶として心に留まっています
広澤氏と長嶋氏の出会い
ロスオリンピック中のエピソードとして、広澤氏がドジャースタジアムのレストランで長嶋茂雄氏と出会った場面も語られています広澤氏は当時、日本代表のユニフォームを着ていた際、「君たち、何をしに来たの?」と声をかけられたエピソードを披露し、長嶋氏の地元愛や興味を感じ取ったといいます
このような触れ合いは大会全体を通じての広澤氏の思い出をさらに色濃くし、オリンピックでの経験がその後のプロ野球人生にどんな影響を与えたか、彼にとっては大切な礎となったことがうかがえます
広澤克実氏のロスオリンピックでの金メダル獲得は、彼にとって非常に貴重な経験であり、当時のアメリカの若手選手との対戦は特に印象強かったようです。また、長嶋茂雄氏との出会いも彼の心に残る素晴らしい瞬間となったことが、オリンピックの重要性を改めて感じさせます。
ネットの反応
広澤克実氏による長嶋茂雄氏と野村克也氏の複雑な関係についてのコメントが、多くのファンの心を刺激しています
読者からは、ヤクルトが今年最下位なら広澤氏がチームに入閣してほしいと願う声や、古田選手、池山選手との連携を夢見る意見が寄せられました
また、関根監督の影響を懐かしむコメントも見られ、当時の若手選手たちの成長についての振り返りが行われました
特に、関根監督が重用した栗山英樹選手や、ドラフトでの広澤選手の獲得経緯についても言及されており、歴史の中での選手たちの運命のつながりが興味深いとされています
さらに、長嶋氏がノムさんに劣等感を抱き、FAで四番打者を獲得したという噂や、試合中に漫画を描いていた選手のエピソードにファンが爆笑する一幕もありました
皆が知る当時の両者の戦いは激しく、各々の個性が選手たちに与えた影響を改めて感じる貴重な機会となっています
しかし、当然のごとくヤクルトを「捨てた」とされる選手に対する意見もあり、時の流れによって変わる選手の評価や立場について考えるきっかけにもなっています
このように、時代背景や選手間の競争が七転八倒する中で、当時のファンにとっては特別な意味を持つ出来事になったといえるでしょう
ネットコメントを一部抜粋
今年ヤクルト最下位なら広沢入閣
若手時代に関根さんが監督だったのが良かったね。
長島さんはノムさんに細かい頭脳野球で負けるのが悔しくて。
広沢は、こうやって話もうまいし、打撃論も持ち合わせている。
野村さん、長嶋さんと続いて星野さんと個性ある監督のもとで選手と接していた。
キーワード解説
- ロス五輪とは?1984年にアメリカのロサンゼルスで開催されたオリンピックで、野球は当時公開競技として実施され、プロ選手は参加できず、大学生や社会人による大会でした。
- 3ランホームランとは?試合中に1人の打者が3人のランナーをホームに返すホームランのことを指し、得点が一気に4点入る非常に価値のあるプレイです。
- ドラフト1巡目選手とは?プロ野球などの選手選考において、特に優れた才能を持つ選手が最初に選ばれることを意味し、その後の選手キャリアに大きな影響を与えます。

