この記録を支える選手たち、特に矢野雅哉選手や羽月隆太郎選手が、塁上での賑わいを生み出している
本記事ではカープにまつわる「赤ヘル機動力のうんちく」を全3回にわたり紹介する
80年代の黄金時代に光る髙橋慶彦の記録
髙橋慶彦氏は1980年代に活躍し、3度の盗塁王に輝くなど、その名をプロ野球史に刻んだ選手である彼の通算盗塁数は477と歴代5位であり、1983年には巨人の松本匡史選手との間で熾烈な盗塁王争いを展開した
松本との激闘
前年に61盗塁を決めた松本選手は、1983年も順調に盗塁を重ね、76盗塁を達成髙橋選手も70盗塁を記録したが、僅かに及ばず2位に甘んじた
この年、髙橋が記録した盗塁死28は現在もセ・リーグ記録に並ぶ
彼の果敢な姿勢は賞賛に値し、恥じるべき数字ではない
古葉監督の方針
カープは創立当初から「走る野球」を根付かせており、古葉竹識監督の方針の下、選手たちには次の塁を狙う意識が徹底されていたこれにより、昭和黄金期の「YK砲」、山本浩二選手と衣笠祥雄選手は、出塁した際にはすぐに次の塁を狙うことを常とした
山本の盗塁数は231、衣笠は266に達し、1976年には衣笠が31盗塁で盗塁王に輝いている
このように、カープにとって「走る野球」は単なる戦術ではなく、チームのアイデンティティの一部であることが分かる
また、次回(第2回)では、さらに深く歴史を掘り下げていく
カープの歴史と「走る野球」の精神は、ただの戦術を超え、選手たちの意識や姿勢に深く浸透していることが分かりました。特に1980年代の髙橋選手の活躍は、今も語り継がれています。チーム全体としての機動力への意識は、選手個々の成績にも大きな影響を与えているでしょう。
キーワード解説
- 盗塁とは?:盗塁は、打者が打席に立った際に、次の塁まで走って奪うプレーを指します。プロ野球では、塁上での機動力が勝敗を左右する重要な要素とされています。
- 古葉竹識監督とは?:古葉監督は広島東洋カープの監督として、1980年代に「走る野球」を強調し、選手たちの機動力を引き出した指導者として知られています。
- セ・リーグ記録とは?:セ・リーグ記録は、セントラル・リーグにおいて達成された記録を指し、各選手の成績や偉業は特に注目されます。

