阪神タイガース、今年のリーグ優勝と1992年の思い出を振り返る

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2025年、阪神タイガースが2年ぶり7度目のリーグ優勝を果たしました

この優勝は両リーグ史上最速という偉業であり、かつて「ダメ虎」と呼ばれた阪神の暗黒時代はもはや過去のものとなりました

しかし、その暗黒時代にも一瞬の輝きがあったのは1992年の優勝争いです

今回は、チーム防御率2.90という素晴らしい成績を残した1992年の阪神投手陣を振り返ります

中込伸選手の輝ける1992年

中込伸選手は、1988年のドラフト1位で阪神に入団し、プロ入り3年目の1992年にその才能が一気に開花しました

彼は183cmの身長に104kgの体重を有し、右投右打の選手です

特に重い速球とフォークボールが持ち味で、1992年シーズンもその能力を存分に発揮しました

シーズンの開始時点で通算成績は1勝6敗でしたが、1992年4月8日の巨人戦で勝利を掴んだことが転機となり、5月には既に5勝をマーク

その後も、6月2日の広島戦では、8回までノーヒットノーランの快投を見せ、さらに6勝目を上げるなど、シーズンを通じて存在感を示しました

その後も8月には連勝を重ね、9月19日の大洋戦では6安打1失点の完投で9勝目を挙げます

10月7日、ヤクルトスワローズとの首位決戦では、9回まで1失点という素晴らしい投球をしますが、降板後のリリーフが乱れ、結果は3-4の敗戦となりました

この敗戦により、中込の10勝が幻となったばかりか、阪神の優勝も遠のくこととなります

しかし、中込選手はシーズン終了時には28試合に登板し、9勝8敗、防御率2.42という素晴らしい成績を残しました

2001年オフには阪神を自由契約となり、その後は台湾に渡りますが、1992年の輝かしい活躍は多くのファンの心に残り続けています

阪神タイガースの2025年のリーグ優勝はファンにとって嬉しいニュースであり、過去の暗黒時代からの復活を感じる瞬間です。特に1992年の中込選手の活躍を思い出すことで、チームの歴史を振り返る良い機会となりました。その時代の選手たちの努力が、今の成功に繋がっていることを改めて感じました。
キーワード解説

  • 防御率とは?:防御率は、投手が与えた自責点をイニング数で割り、9を掛けた数値です。低いほど優れた投手とされます。
  • ノーヒットノーランとは?:試合中に相手チームが安打を1本も打てない状態で、投手が完投することを指します。

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