阪神大震災から30年、日大三島高野球部の永田裕治監督が振り返る指導者人生の原点

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日大三島高野球部の永田裕治監督が、阪神大震災から30年を迎え、その時の経験が監督としての人生にどのように影響したかを振り返りました

彼は93年のセンバツ大会で報徳学園の監督に就任し、これまでの23勝を挙げるなどの実績を持つ名監督です

世代を超えての想い

永田監督は、震災の発生時、体調不良で名古屋への出張を急遽キャンセルし、自宅で寝ている最中に揺れを感じました

「ものすごい揺れで本棚が倒れ、家族の安否を確認するために飛び起きた」と当時の状況を思い返しました

また、震災後の景色を原付バイクで巡り、激しい被害を目の当たりにしたことを語りました

震災の日の記憶

単に物理的な被害だけでなく、心理的にも大きな影響を及ぼした阪神大震災

永田監督は「教え子たちの無事を確認するために、必死で連絡を取ろうとしたが、当時は携帯電話が普及しておらず、公衆電話が頼りだった」と振り返ります

思い出す原点

1月17日は、永田監督にとって特別な日であり、彼は「自分の指導者人生の原点となった大会でした」と振り返りました

この日がどんな形で彼の指導に影響を与えたかを考えることは、今の選手たちにとっても重要な意味を持つでしょう

出来事
1995 阪神大震災発生
1994 永田監督、報徳学園の監督に就任
2002 センバツ優勝
2020 日大三島の監督に就任
永田監督の体験談を通じて、震災時の状況の厳しさと、その中でも選手やチームのために尽くす姿勢が浮き彫りとなります

阪神大震災から30年を経て、永田監督が振り返る体験談は、多くの人々に感動を与えるものです。地震の影響を実際に体験した監督の言葉は、当時の悲劇を忘れず未来に生かす教訓となるでしょう。
キーワード解説

  • 阪神大震災とは?兵庫県で発生した、1995年の日本で最も致命的な地震で、6,400人以上の死者を出した。
  • センバツとは?春の高校野球選手権大会、正式名称は「春の選抜高等学校野球大会」で、高校野球の全国大会の一つ。
  • 監督とは?スポーツチームの戦略や選手の指導を行う役職で、選手の成長やチームの勝利を目指す。

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