この期間、年俸の減額提示が行われるが、その際に特に注目すべきなのが「減額制限」である
年俸が1億円以下の選手には最大25%、1億円を超える選手には最大40%の減額が可能であるが、これを超える金額を提示された場合、選手は自由契約を選択する権利を持つ
今回は、過去に幾度もこの減額制限を超える年俸ダウン提示を受けた選手たちが、自由契約を選んだ事例を紹介する
中島宏之のケース
中島宏之(なかしま ひろゆき)は、右投右打の内野手で、身長180cm、体重90kg1982年7月31日生まれで、伊丹北高から2000年のドラフトで西武ライオンズに5位指名されて入団した
彼は、2004年に正遊撃手の座をつかみ取ると、2008年には124試合出場で打率.331、21本塁打、81打点、出塁率.410と素晴らしい成績を収め、最高出塁率のタイトルを受賞するなど、リーグ屈指の打者として成長した
彼はその後メジャーリーグ挑戦を経て、2015年からオリックス・バファローズに加入
2018年には77試合出場にとどまり、球団からは減額制限を超える減俸提示を受けたため自由契約を選択
以降、読売ジャイアンツで再起を図るが、出場機会は減っていき、2023年オフには戦力外通告を受けた
昨シーズンは中日ドラゴンズでプレーし、15試合の出場で無安打という結果に終わり、再度の戦力外通告となった
その後、現役を引退したが、2025年に中東・南アジアを拠点とする新たなプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド」で現役復帰を果たす意向を示している
選手たちの自由契約の選択
選手が自由契約を選ぶ理由には、契約条件の不満だけでなく、新たな挑戦を求める気持ちや再起を狙う戦略も含まれるこのような状況は、選手たちにとって新たなキャリアのスタート地点となったり、場合によっては無職に陥ったりする可能性もある
中島選手のように、過去の実績が評価されずに苦境に立たされる選手も少なくなく、プロ野球界の厳しさを物語っている
プロ野球選手が減額制限を超える提示を受けた際の選択肢として自由契約があることは、選手にとって大きな転機であり、再起をかけるチャンスでもあります。このような選択が選手たちのキャリアに与える影響は計り知れず、今後の動向に注目が集まります。
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