中村氏は、近鉄などでNPB通算2267試合に出場し、404本塁打を記録した実績をもつ選手です
中村紀洋氏のキャリアと中日入団
中村氏は2007年1月17日にオリックスを自由契約となり、その後中日に育成選手として入団しました育成選手契約とは、若手選手がメインのチームで実力を試し、その後支配下選手として昇格する契約です
その契約後、2007年3月22日に支配下選手契約を結び、年俸は600万円、背番号は99となりました
開幕戦での緊張感
開幕戦は2007年3月30日、ヤクルト対中日戦で行われましたこの試合で中村氏は「6番・三塁」として先発出場が決まりました
中村氏はその瞬間について、「びっくりしたんですよ
スタメンじゃないと思って気が緩んでいました」と感想を述べ、先発を知ったのは場内アナウンスの時だったと明かしました
試合のハイライト
試合は中村氏にとって特別な意味を持つもので、8回2死二塁の場面で同点の適時二塁打を放ちましたこの打席では、3ボール1ストライクのカウントから、ピッチャーの木田(優夫)選手が投げたフォークボールをヒットに繋げたと語ります
「甘いと思って咄嗟に手が出た
右中間に抜けていきましたね」と振り返りました
ファンの期待と自身の葛藤
また、試合での大歓声や、お立ち台に立つことができた経験についても触れ、「僕の中では生え抜きでもないので、外様じゃないですかドラゴンズファンをまだ分からなかった」と当時の心境を打ち明けました
しかし、ファンの歓声に励まされたことに感謝し、試合でチームに貢献することを強く意識したとコメントしています
お立ち台での喜び
決勝打を放った立浪和義氏(元中日監督)と一緒にお立ち台に立ったリモート感想について語り、「ミスター・ドラゴンズと一緒にお立ち台に立てたそれだけで絵的にもいいなって」と興奮気味に当時を思い返しました
中村紀洋氏のYouTubeでの語りは、自身のプロ野球人生における貴重な瞬間を振り返るだけでなく、ファンにとっても新たな発見や感動をもたらすものです。開幕戦のエピソードを通じて、選手が感じるプレッシャーやファンの期待の大きさが伝わってきました。
キーワード解説
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