その背番号には語り継がれる数多の名場面があります
吉村禎章氏の数々の活躍
1990年の9月8日、東京ドームで行われたヤクルト戦では、同点の延長10回に右翼へサヨナラ本塁打を放ち、リーグ優勝を決定づけましたこのような試合での「サヨナラ本塁打」とは、試合が同点の状態で、最後の打者がボールを打ち、試合を勝利に導くホームランを指します
膝の故障からの復活
吉村氏は1988年7月6日の中日戦において、守備中に左膝じん帯完全断裂という重傷を負いましたこの怪我は非常に深刻で、選手生命を脅かすものでしたが、2度の手術と懸命なリハビリを経て、1990年に見事な復帰を果たしました
その最後の試合では、サヨナラ弾を打ち、カムバック賞を受賞しています
歴代の背番号「7」のエピソード
吉村氏の後、同じ背番号を背負った二岡智宏氏も、2000年の9月24日中日戦でサヨナラアーチを放ちましたこの試合では、江藤智選手のグランドスラムで同点にした後、二岡氏が決勝点を決め、チームはそのまま長嶋監督を胴上げしました
長野久義氏の背番号継承
さらに、長野久義氏もこの背番号を受け継ぎ、2011年10月22日の横浜戦では代打逆転サヨナラ満塁本塁打を放ち、2年目で首位打者に輝く快挙を成し遂げましたこれらの伝説は、背番号「7」に与えられた特別な重みを示しています
吉村禎章氏が背番号「7」と共に歩んだプロ野球の道のりは、ファンの心に深く刻まれています。数々の名場面があり、この背番号が持つ重みを感じることができます。特に、同じ番号を持つ後輩たちがその記録を引き継いでいることは、世代を超えた絆を象徴しているでしょう。
キーワード解説
- サヨナラ本塁打とは?:試合が同点の状態で、最後の打者がホームランを打つことにより、試合を勝利に導くことを指します。
- カムバック賞とは?:故障などから復帰した選手に贈られる賞で、その選手の努力と復活を称えます。

