心臓外科医、亡き患者への想いを語る – 定年退官を迎えた須田教授

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名古屋市立大学医学研究科の須田久雄教授(65)は、心臓血管外科の権威として知られる一方、野球愛にあふれた指導者としても知られている

彼は母校である佐賀医科大学(現在の佐賀大学医学部)の準硬式野球部の監督も長年務めてきた

愛知県に移住しても、須田教授の野球への情熱は冷めることがなかった

特に、東邦高校での教え子である藤嶋選手の血行障害の際には、彼の側に立ち、助言や激励を行ってきた

医師としての心残り

須田教授は、3月末に定年退官を迎えるにあたり、医師としての心残りを語っている

それは1986年末の出来事に遡る

福岡県久留米市の古賀病院で研修医として勤務していた際、30代の男性患者が急性大動脈解離で救急搬送されてきた

この状態は致命的で、緊急手術が必要だったが、その日は学会が行われており、専門医が不在であった

緊急事態と患者の思い

手術が行われたのは、患者の搬送から翌々日だった

須田教授はその間、意識がある患者の傍に付き添ったものの、手術を行うことができなかった

その後、患者は3度の手術を経て大量の輸血を必要としたが、惜しくも命を落としてしまった

須田教授は、最後に患者から「先生、これからも頑張ってね」という言葉をかけられたことを今も忘れられないという

内山雅博さんを探す

須田教授は、亡くなった患者の名前が内山雅博(うちやま・まさひろ)さんであることを明かし、彼の墓参りをしたいと強く願っている

しかし、連絡先は不明で、彼の血縁者を探すためにネットワークを駆使したい意向を示している

内山さんは1953年4月28日生まれで、1986年12月29日に亡くなった

当時33歳で独身であった

未来への希望
医师としての人生を締めくくるにあたり、須田教授は「何とかお墓参りをして報告したい」と述べ、教え子や中日関係者に情報提供を呼びかけている

須田教授の心に残るエピソードは、医師だけでなく人としての重みを感じさせるものです。患者とのつながりを大切にし、命に向き合う姿勢がとても印象的です。定年退官を控えた彼が、過去の患者に対して示したい気持ちから、医療の重要性を再認識できる良い例だと思います。
キーワード解説

  • 急性大動脈解離とは? 急性大動脈解離は、心臓から出ている大動脈の内膜が破れて血液が内膜と外膜の間に流れ込む状態で、非常に危険です。迅速な手術が必要な場合が多く、放置すると命に関わることがあります。
  • 心臓血管外科とは? 心臓血管外科は、心臓や血管に関する疾患を手術で治療する医療分野です。心臓手術や動脈の外科手術を行い、患者の命を救う重要な役割を果たしています。

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